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FullLabo day's

なるべく頻繁に更新したい近況報告と展望なんかのブログです。

無駄なやる気が出てきた件について

昨日、地元に帰って必要なものを取りに行ってきたのですが、なんというか引き篭もるのに最適な環境ばかりが揃ってきていてこれを生かす手はないだろうかとふと思いついたので、何かやろうと思います。

まぁ言ってしまうとラブパレードに行った時に自分の人生終わったなと思う体験があってそれからはもう余生になってしまったので、無駄に時間だけが過ぎてきた感じが拭いきれません。ちょうど30になる年にそれがきてしまったので中々その後が辛かった訳ですが、一応次の目標としていたアムステルダムで生活するくらいに滞在する事も果たしてしまい、したい事が無くなってしまった事で年末からここ最近まであっという間に時間が経ってしまって、ハッと気がつくともう冬も過ぎて春がもうそこまで来ている事に驚いている訳です。

今回のオランダ旅行で一番印象に残った事が音楽ではなくて、実はゴッホ美術館だったりします。父の影響で絵画は子供の頃から身近なものだったので抽象画や抽象的表現の芝居(暗黒舞踏とも言われたりするのかな)なども小さい頃から身近にあったので、抽象的である事に不自然さを感じなかったですね。
父は親としては如何かと思うタイプの人なのですが、芸術を身近にしてくれた事には感謝しています。
まぁそんな事もあって、個人的に写実的である事は重要ではなくてよく判らない魅力のようなものが有る物に惹かれるようになったように思います。
ゴッホなんですが、実際すごかったです。物って実物からしか感じられない事ってあると思っていて、その存在感がすごくて、高額で取引されるのも納得してしまう作品群だった訳です。個人の印象でしか無いので言葉で言ってもしょうがないし、また言葉で伝えきれるものでは無い存在感だったのですよ。
鬼気迫るとはああいう作品のことだと思います。
実際のところ人物とかは写実的な見方をすれば下手だと思います。多分そこに重きを置いていないのだと思います。感じる何かを描き出そうとしている事が感じ取れるのです。なんらかの衝動に駆られてものを作る事の素晴らしい結果として存在している作品群を見て思った訳ですよ。何かを作る事がしたいなぁと。
その衝撃があって帰って来てしばらくは人と関わるのがちょっと辛かった時期が続いていたのですが、やっとなんとかそこから抜け出した感じがあってタイトル通りの状況になって来ている訳です。でこんな歌があるので見て頂きたい。

www.youtube.com

力が抜けてるというか無理はしてないけれど悲観もしてないし、未来を諦めてもいないけれど、押し付ける感じがないと思うのですよ。
この曲に救われた感じがして今のなんとなくな感じのやる気を感じていた時に、追い討ちをかけるようにボブ・マーリーのドキュメントを見たんですよ。
amazonプライムに入っている方は無料なので見てください。。
左だ右だっていうのも何も解決する気がないんだなと思うのですよ。

思想を語ると同じ土俵なような気がするのであまり語りたくありません。

世の中クソだっていうその世の中に自分はいないんだなと思うと残念でなりません。以上。

で無駄なやる気を後押ししてしてくれる要因にこの状況が絡んでいたりするわけです。

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おかしなものは写ってないと思いますがターンテーブルが使えるようになってアナログレコードやっぱりいいわーとか最近のエントリはなんだったのかって話ですが使い慣れてるミキサーがあるだけで快適です。今時のDJには信じられないような最低限の機能しかないんですがこれで十分なんですよね。
レコードを引っ張り出して来て自分のレコードの扱いの悪さに改めて反省していたりするんですが個人的にミキサーは海外製品の方が好きです。出力される音の感じとか、つまみの配置が日本人サイズではないので窮屈な感じがしないのも好きです。まぁ確実に高音域が減衰してるんだろうなと、MACから光ケーブル出力でデジタルアンプでスピーカーを鳴らしているのでそちらと比べると違いは出るんですが自分の部屋でくつろいでるような安心感があります。気が付いたのは不思議と慣れてるミキサーだとパチパチノイズの感じが嫌じゃないんですよね。微妙に歪んでるんだろうなと思うんですが果物も熟してからの方が甘みが強くなるようなものでしょうかね。ボールペンの方がスッキリしてるけれど毛筆の方が表情をつけやすい感じに近いですかね。そんなに器用ではないので自分の不器用さを自覚させてくらいの方がいいんです。日本で300km/hで走る車なんて車がかわいそうでしょ。そんな感じで捉えてます。

相変わらず要点がまとまらない文章なのですが、外的要因で結構変わるものなんだなと思ったりもするし、内的要因もないと変わらないのもそうだと思うし、西洋かぶれだけれど、根本のところで日本的だなってのも外国で若干でも過ごしたことがあるからわかる気がします。日本の文化好きですよ。雪月花の侘び寂びが感じれる日本人でありたいと思うし、大は小を兼ねるけれど過ぎたるは及ばざるが如しな訳ですよ。北陸の生まれの傾向なのか成金趣味的な感じはちょっと辛いというか痛いです。「桃花片」を読んでかっこいいと思ってしまう感覚です。基本自分の書く文章のそこかしこに性格の悪さが滲み出てる文章だなとも感じながら、でもそうやって進める方が楽しかったりするし、断定的な事を言うより話が広がりやすい気がするんです。宗教への疑問みたいな感じです。偉大なる師リー先生もおっしゃています『Don't think! Feel.「考えるな!感じ取れ」』と!!

でその視点を拡大解釈して自分なりの見せ方みたいな事を音を使って出来たら引き篭もってるのも意味が有るかなとか、結局自分の事かって話ですけれど、人の為に何かしてあげたいって言っても引き篭もりなので人との距離感が掴めないので自分基準で気持ち良い事の方がまだ解りやすいと言うかそうしか出来ないのでなんか形にしてみようって感じです。近日に具体的になことが話せるといいなと。